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渡邉公威文学集
渡邉公威首相は、己の禿頭を隠し通せてゐると本気で信じてゐた。
側頭部から丹念に撫でつけられた髪は、本人の中では帝國防衛線のごとく堅牢であり、額の広がりは「知性の余白」、頭頂の光は「執務室の照明の反射」に過ぎなかった。
しかし、ひとたび誰かが不用意に「首相閣下、頭が……」などと口にした瞬間、国家安全保障会議は一変した。
渡邉の顔は見る見るうちに赤くなった。
それは怒りではなく、沸騰であった。
茹蛸のごとく耳まで紅潮し、血管は額に浮き、隠されてゐたはずの頭頂は、かへつて燦然と政務室の灯を受けた。
「誰が禿げてゐると言つた!」
その咆哮に、閣僚たちは一斉に書類へ目を落とした。
外務大臣は咳払いをした。
國防局長官は地図を見た。
保安総局長官は、すでに発言者の氏名を記録してゐた。
渡邉はさらに叫んだ。
「これは禿頭ではない! 国家運営により前線が後退してゐるだけだ!」
誰も笑はなかった。
笑へば更迭で済むか分からなかったからである。
側頭部から丹念に撫でつけられた髪は、本人の中では帝國防衛線のごとく堅牢であり、額の広がりは「知性の余白」、頭頂の光は「執務室の照明の反射」に過ぎなかった。
しかし、ひとたび誰かが不用意に「首相閣下、頭が……」などと口にした瞬間、国家安全保障会議は一変した。
渡邉の顔は見る見るうちに赤くなった。
それは怒りではなく、沸騰であった。
茹蛸のごとく耳まで紅潮し、血管は額に浮き、隠されてゐたはずの頭頂は、かへつて燦然と政務室の灯を受けた。
「誰が禿げてゐると言つた!」
その咆哮に、閣僚たちは一斉に書類へ目を落とした。
外務大臣は咳払いをした。
國防局長官は地図を見た。
保安総局長官は、すでに発言者の氏名を記録してゐた。
渡邉はさらに叫んだ。
「これは禿頭ではない! 国家運営により前線が後退してゐるだけだ!」
誰も笑はなかった。
笑へば更迭で済むか分からなかったからである。